フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ブォーナノッテ。


その一言を聞いた瞬間、尋常とは思えないほどの眠気が私を襲った。


「ハル」


目を閉じたまま、ハルのスウェットを引っ張る。


「言って……もう一度。今の言葉」


「大丈夫。東子さんには、ぼくがいる」


「……え」


「ひとりじゃない。ぼくが、いるよ」


いい夢をみて、そう言って、ハルは私の目をそっと撫でた。


「おやすみ、いい夢を。東子さん」


その瞬間に私の鼻をかすめたのは、同じソープの香りだった。


眠る事が少しだけ怖かった。


ハルは、私が造り出した幻覚かもしれないと思ったからだ。


だから、明日、目が覚めた時「ハル」という子は存在していないのではないかと。


そう思った。


「Buona notte,Toko」


「ハ……ル……」


眠りに落ちる直前。


瞼の裏に浮かんでいたのは、さっきハルと一緒に見たオリオン座と、冬のフルムーンの残像だった。


「綺麗だね。Sei bella」


ハルの声が遠くなってゆく。


「綺麗な、アルテミスだ」








月の女神、アルテミスは、オリオンの事が大好きでした。


アルテミスは、オリオンに、恋をしていたのです。









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