フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「え……あの、ハル?」


ジャケットから顔を出そうとした私をぎゅうっと抱き寄せて、


「いいから。顔を出さないで」


と踵を返した。


「見世物じゃない。見ないで」


と周囲を囲む野次馬たちに優しい声を吐き捨てて。


「逃げるのか! 待て」


背中に、慎二の声が突き刺さる。


「ああ、もう。しぶといお兄さんだなあ」


ハルはジャケットごと私を抱き寄せて、歩く速度を上げた。


「Sembra essere un bambino!(子供みたいだ)」


「えっ? 何?」


バンビ?


「何て言ったの?」


ジャケットの中は、ハルの香りでいっぱいだった。


ジャケット越しで、ハルが笑った。


「秘密だよ」


その瞬間、


「東子!」


それは突然で、抵抗する事なんてできっこなかった。


追いかけて来た慎二が私の腕を掴んで、ジャケットから引っ張り出した。


「ああっ!」


ゴト、と足元にポインセチアの鉢が落ちた。


割れずに済んだのは、降り積もった雪がクッションになったからだろう。


「酷い……何するのよ!」


私は雪まみれの慎二の手を振り切り、慌ててしゃがみ込んだ。


「良かった……割れてなくて」


ほっと胸を撫で下ろして鉢を持ち上げようとした私の腕を、性懲りもなく慎二が捕まえる。


「ねえ、東子」


そして、一気に引っ張り立たせた。


「こんな若い男のどこがいいって言うの?」


「何言ってるのよ。言ってるじゃない、ハルとはそういう関係じゃないって」
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