トルコの蕾
「突然呼び出してごめん」
大学の最寄駅のホームで待っていた絵美の姿を見つけると、正樹は息を切らしながら駆け寄ってきて言った。
「あ…いえ…」
絵美は正樹の姿を改めて見ると、恥ずかしくなって俯いた。
まともに話すのはバレンタインデーの日以来今日が二度目で、正樹の私服姿を見るのは今日が初めてだ。
バレンタインデーのあの日、初めて彼の名前を聞いたあの日。
恥ずかしさのあまりすぐに立ち去ろうとした絵美は、正樹から連絡先を聞かれて驚いた。
けれどそれ以来、この一カ月の間一度も彼から連絡が来ることはなく、少しでも期待した自分が馬鹿らしく思えていた。
それなのに今日、仕事が終わると知らないアドレスからメールが届いていた。
絵文字もなにもない飾り気のない一言、『正樹です。仕事が終わったら連絡ください。』
もちろんそんな誘いがあるとは夢にも思っていなかった絵美は、仕事着の黒シャツに黒パンツ、スニーカーにいつものダウンジャケットを羽織っただけの格好で、ここまでやってきてしまったのだった。