ここでキスして。


花梨が会社を辞めたことで、店を手伝ってくれるんじゃないかという両親の期待があったようだが、じつは……と、既に内定通知をもらっていたフジタ食品からの書類を父に見せると、残念な顔をされてしまった。

兄も姉も出ていって、兄は有名化粧品会社の副社長、姉は大手アパレルメーカーの主任、と着々と地位を築いていて、地元に戻ってくる気配は一向にない。

だから末っ子に期待する気持ちは、花梨にも伝わっていた。会社の試験と面接は東京であったのだが、その日は遊びに行くと嘘をついていたのだ。

父もなかなか言い出せずにいた花梨の気持ちを察してくれたのだろう、「おめでとう」と言ってくれたけれど、本音は違ったと思う。

「お父さんだってね、寂しいのよ。せめて地元にいてくれたら……。三年も働いたんだから、もう少しがんばればよかったのに」

「私が今まで勤めていたのは、小さな食品会社の冷凍部門よ。そうそう部署異動なんてないとこなの。一生冷凍庫に入っていていいと思う?」

大袈裟な言い方かもしれないが、入社してから毎日同じような雑務の繰り返しで、女子社員には何も大きなことを求められなかった。

単調な仕事を淡々とこなすだけ。安定していることはありがたいのかもしれないが、やりがいを感じられなくなってしまった。

二十五歳という節目を考えたとき、このままで本当にいいのか、花梨はずっと悩んでいた。転職するなら今なのではないかと思ったのだ。

< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop