みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


これでも機嫌が悪いわけではない。それを分かっているから、互いに無表情に無口で会社を目指す。


どこか中性的な顔立ちとふわふわしたラウンド・マッシュの髪型で、いつもシンプルにネイビー色のスーツを着る今井くんは経理部所属。


外見だけでいえば、可愛らしさのあるイヌ系の男。だけど中身は基本、無口に無愛想ときている。


というか、近づいてくる女子はことごとくスルー。飲み会等でひと言も発することなく、まさに完全無視。


そのため入社当時こそ騒がれたものの、今では同期の中で評判悪い男の代表格になっている。


かく言う私も、秘書や関係部署以外の人と関わりを持たない。ある意味、社内では彼が最も仲の良い存在だ…。



「明日…、空いてる?」

「うん、19時でいい?」


自社ビルへ到着した時、ようやく隣から聞こえた二言目。そこで今井くんを見返すと、色素の薄い瞳と目が合う。


一切表情を崩すことなく、コクンと頷いた彼にすべてが完了。私たちには、これ以上の会話も不要だ。


エレベーターの到着音に人々の靴音が忙しい、朝のエントラス風景へと今日も静かに染まっていく。


2人で混み合うエレベーターに乗り込み、途中の32階で降りた彼とは視線でバイバイ。


最上階に近づくほど人も減り、総務部付けの秘書課がある39階へ到着する頃には私だけ。


そのエレベーターが目的階へ停止して降りる。ひとり立ち寄った更衣室でバッグを置くと、スマホのバイブレーションが微かに響いた。


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