ワイルドで行こう
「あのさ。この前の太刀魚の天ぷら、すごい美味かったよ。胡椒がふってあって」
「ほんと? それなら今度、ここで揚げたて作ってあげる」
「ここで作ってくれる……?」
 目を丸くして英児が止まってしまった。
「え、なに。どうしたの? いけなかった?」
 英児が箸をパシリとテーブルに置いた。
 そしてまた、あの遠い目で夜のとばりが降りた空を見つめている。
「お前の天ぷら、美味かったよ。また食いたい」
 嬉しそうに言ってくれたのではなく、哀しそうに言われた。寂しそうな英児の横顔に、琴子の胸がざわつく。
「俺、本当のこと言うと。突然だったけど、お母さんと琴子が用意してくれた食事の席に誘ってもらえて、あの夜、すごく嬉しかった」
 『俺、独りぼっちなんだ』。
 琴子に抱きつくために、ふざけて言っている? なんて疑ったあの言葉。やっぱり嘘じゃないと琴子は確信してしまう。
「お母さんも琴子も、お父さんが亡くなって寂しかったかもしれないけど。でも、二人が俺のために用意してくれたテーブルは、すげえ、あったかかったよ」
 ざわざわと波立つ琴子の心。琴子の胸元に抱きついてきた英児の顔を思い出し、琴子はまた泣きたくなってくる。
 一匹狼、でもその生き方に感銘して沢山人が彼のところに集まる。そんな見かけとは裏腹な英児の本心と姿。紛れもなく、彼は孤独を抱えていると琴子は知ってしまう。
 だけど、そんな彼がゆっくりと琴子を見る。そして腰に手が回り、そっと寄せられる。琴子も望まれるまま、彼の傍へと寄り添う。
「二人とも、イメージ通り。あったかい人で俺、なんか癒された」
「やだ。どうしちゃったの……」
 今度は本当に涙が浮かんでしまった琴子。
「なんでお前が泣くんだよ」
 肩先に頬を寄せていた琴子の瞳をみて、英児の手が頬に触れる。
「だって、英児さんがそんな顔をするから」
「してねーよ」
 なに強がっているのだろうか。確実に、琴子に哀しい目を見せて、琴子の肌のぬくもりが欲しいと抱き寄せて離さないくせに。
「私じゃない。英児……が泣いているんじゃない」
 思わず、琴子から彼を抱きしめた。英児がそのまま琴子の胸の中に埋もれる。
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