ワイルドで行こう
 もしやアパレル業界の人? 一瞬でもそう思ったが、即座に首を振る。まさに『若い時は粋がっていたヤンキーでした』と物語っている風貌の男性。そんな男性が何故何故、彼等とはかけ離れたスタイルのブランドメーカーの相場を言い当てられるの? 困惑するばかり。だがそうして眉をひそめて黙っていると、彼の方から致し方ない笑みを見せてくれた。
「ほら、ここ見てくれよ。姉さん行きつけの店なんだろ」
  突き出しているペーパーバッグのロゴを彼が指さした。それを知った琴子は二度驚く! 本当に自分がいつも服を買いに行く、しかも新品のトレンチコートを買ったショップのバッグだったから。
「ど、ど、どうして」
 どもって混乱しているばかりの琴子を見て、やっと彼がにっこりと微笑む。柔らかで暖かそうなしわが目尻に滲むその笑顔は、思った以上に爽やか。
「俺も驚いたんだ。アンタに弁償しようと思って。とにかく百貨店なら間違いないだろうと思って、似たようなコートを探しに行ったんだよ。そうしたら、店頭にまったく同じコートをマネキンに着せている店があったんだよ」
 あ。と、琴子もやっと飲み込めてきた。
 『流行最先端』だと思って買ったあのコートには一目でわかる特徴がある。春らしいパステルグリーン色で、凝っているのはボタンまでマラカイトのようなピーコックグリーンというトレンチだったから。
「これだ、これだ、良かった。同じのがあったと俺もびっくりしてその店に入ったら、なんだって、ああいう店の服は『サイズ違いの一点もの』なんだって?」
 そう。琴子が買ったコートが9号、11号は既に売れていた。
「でもさ。その同じコートがもう13号一点しかないっていうんだよ。でも一点ものてすごいよな。ショップの姉ちゃんに『同じコートを着ていた人に、同じコートをまた買ってあげたいんだ』と言ったら、すぐにアンタだって分かったみたいだ」
 一点ものの奇跡? でもそのコートはもうこの界隈ではないはず。同じコートはないはずなのに、じゃあ、彼が琴子に差し出しているそのコートはいったい?
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