ワイルドで行こう
 この時になって、琴子はまた新たなため息をついていた。
 桜の季節にいただいた『見合い話』が、いとも簡単に破談になったのだ。
 どんなお見合いだったか? 見合いなんてしなかった。見合いをする前、日取りを決める前に、どうしたことかあちらから『お話はなかったことに』とパパ社長のところに申し出てきたとのことだった。
 理由もいたって分かりやすい。介護が必要な母がいる一人娘だから。ということだった。家に入ってくれない、頻繁に実家に帰る可能性がある。そして、夫となるお相手の男性がそんな面倒な条件を知って敬遠したのだろう。あるいは彼の両親がかもしれない。
 だがそれを聞いて、琴子の中でふっと肩の力が抜けた感があった。意外だった。『良かった』とか思ってしまったのだ。やはり知らない男に全てを晒して任せて分かり合おうとするなんて、かなりの骨折り、普通に出会う男と変わらないと悟ったから。
 それに、男親を亡くして、母娘女手だけで細々と暮らしている家庭を理解してもらえない了見の狭さを持っているなら、こっちからお断りだった。
 せいぜい自由になるなんでも揃っている若いお嬢さんでも見つければいい。……まあ、たぶん。あの様子では若い子には相手にしてもらえないから琴子クラスのアラサー女のところに話が来たのだろうけど。
「悪かった。本当に悪かった。親父もへこんでいるからさ、もう二度とあんな余計な世話もしないと思うから勘弁してやって」
「もういいですよ。社長ったら……」
「しかし、許せない男だな。本当に許せない男が多すぎる。許せない」
 『せめて嘘でもいいから見合いの席をやり通せよ、馬鹿。向こうから振ってきた話だぞ』と……。そうかしら。この程度の男なら、わざわざ会って知った声など耳に残らなくて良かったぐらい。――というのが琴子の心境、本心。
 それでも。ジュニア社長は根に持つこと十日ほど、その間ずっと琴子に頭を下げていた。それどころかパパ社長まで琴子のところにわざわざ足を運んで謝りに来てくれた。
 それからパパ社長が暫く元気をなくしてぼんやりしてしまったりして、見合いを断られたことより、社長親子の慌てぶり動揺ぶりに困り果てたほどだった。
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