ワイルドで行こう
「娘のあのコート、高かったでしょ。買い直したのに高いものを二度も買ったというから、私もびっくりしていたんですよ」
「いや、なんつーか。車乗り回している自分が泥水跳ね上げたってだけで、プライド許せませんからね」
 変なプライド。と思ってしまったが、走り屋らしくて琴子は笑っていた。
「そうだったの、そうだったのね」
 母も飲み込めた様子。ホッとしたのだろうか、表情が柔らかく穏やかになっていた。
「それ以来だったんですが。俺もあそこで食事を終えたところで、お嬢さんをみかけたので驚いて」
 そして母との一部始終を見てしまったということらしい。
「お名前は」
 まだ琴子も知らない彼の名、母から聞いてしまう。
 だが彼は背筋を伸ばし、運転しつつも真っ直ぐに前を見据え、はっきりと返す。
「滝田です」
「滝田さん、有り難うございました」
「いいえ。お母さん、妊婦さんに譲ってあげたいからって自分から歩いて外に出たでしょ。だから俺『あったかい人だなあ』と目についたぐらいですから。お母さんすごいですよ。俺、これぐらいしか出来ませんから」
 だが、母は黙って俯いてしまう。でも、次にあげた顔には嬉しそうな笑みが――。そんな母の笑顔、久しぶりのような気がして琴子は驚いた。
 運転している彼の横顔をつい見つめてしまった琴子。この人、すごく温度がある人だなと思ったのだ。人なつこくて、そして人と触れたら彼から心地よく溶け込んでくれる。風貌で『近づきたくない人』なんて決めつけた自分が許せなくなってくる。
 せっかく再会したが。でも帰り道はあっという間。もう彼と出会った煙草店の前を通り過ぎてしまった。次の角を曲がれば、自宅――。
「次の角を曲がって頂けたら」
「わかった」
 どうしよう。彼とまた別れて良いの。このまままたいつか会う日までサヨナラでいいの? その角を曲がったら終わってしまう?
 だけれど琴子の葛藤はあっという間に終わる。車が角を曲がらずに、さあっと真っ直ぐ通り過ぎてしまったから……。
「え、過ぎちゃったけど」
「え、過ぎちゃったけど」
 琴子も母も通り過ぎる角を振り返り、声を揃えていた。でも彼は真っ直ぐ前を見て運転を続けていたが、急に笑い出す。
「あはは。やっぱり母と娘なんですね。ハモるし、ハモった声がそっくり。いま、俺がびっくりしましたよ!」
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