ワイルドで行こう

「い、いつの間に」
「龍星轟から離れている間に、それから、英児さんが出張している間に取ったの。だからいいでしょ」
 そう言って琴子は再度、ハンドルを握りギアを手にする。
 だが、ゼットががくんと前につんのめるようにして止まってしまう。エンストだった。
「あーん。やっぱり教習所の車とはちょっと違うわね」
 気を取り直して、エンジンをかけ直したら。また英児がハンドルを押さえていた。
「ちょ、ちょ、待て。お願いです。琴子さん、それだけは勘弁して」
「どうして。だってこれ、もう私のゼットでしょう」
「そ、そうだけどよう。もうちっと慣れてから――」
「嫌。これに乗りたくて頑張ったんだもの」
 お構いなしにアクセルを踏むとブウンとエンジンが唸る。これ、私が出している音! もう興奮せずにいられなかった。
 ちょうど向こうの信号が赤になり車が途切れたところ。そこを見計らい、琴子は英児を振り切り、ハンドルを回しアクセルを踏んだ。
 煙草屋の前から、銀色のゼットがギュウンと国道に飛び出す。
 アクセルを踏みすぎて、英児が後ろ頭をシートにぶつけるほどひっくり返った。でも銀色のゼットは琴子の運転で走り出す。
「は、走っている……。マジかよ、信じられねえ!」
 琴子は運転席で笑う。
 なにいっているのよ。だって私、タキタモータースのお嫁さんになるんだから。当たり前じゃない。
 車屋の旦那さんから、結婚の記念に車が贈られるだなんて!
 元は旦那さんの愛車を、今度は妻になる私が愛していける。この幸せ。

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