ワイルドで行こう

 去年の夏には気がつかなかったけれど、龍星轟の裏には桜の木もあっただなんて。
 団栗と百日紅と離れた龍星轟の土地の入り口に小振りの桜が数本あって、いま満開だった。
 その花びらが、朝開けた窓からひらりと二人の寝室に入ってくる。
 目で追うと、まだ眠っている旦那さんの素肌の上に舞い降りていった。
「英児さん、私、先に行っちゃうからね。ちゃんと起きて朝ご飯を食べてよ」
 うーんととりあえず唸る彼。昨夜のままの裸に毛布を巻き付けて、寝返りを打ってそれっきり。まだ起きる気がないようだった。
 琴子は既に出勤の支度済み。旦那さんに一声かけて、出かけようとしているところ。
「もう英児さん。武智さんに、親父さんがもうそろそろ来るでしょう」
「わかって……」
 『る!』 そこで琴子の腕が掴まれる。ぐいっと引っ張られ裸の旦那さんが寝そべっているベッドへ強引に引き込まれた。
 気がつけば、裸の旦那さんが既に琴子の身体の上――。着たばかりのブラウスのボウタイリボンをほどき始めている。
「ちょ、ちょっと。やめてっ。もう出かける……んだ……か」
 もう出かけるんだから。そう言おうとした唇を強く塞がれなにも言えなくさせられる。
 ものすごい目覚めの機動力? 違う、わざと、わざと琴子を油断させて寝ぼけたふりをしていた。朝の窓辺ですっかり気を緩めて桜を眺めていた妻の後ろ姿。それをこっそり眺めて、この悪ガキは機を狙っていたに違いない。
「もうっ。しわになっちゃうっ」
「そっか。じゃあ、脱がしちゃえ」
 もう、もう。悪ガキっ。ダメダメ。抵抗してもお構いなしの旦那さん。
 せっかく綺麗に整えた黒髪も、きちんと着こなしたブラウスにタイトスカートも。すべてこの旦那さんが台無しにしてしまう――。イタズラな顔で、容赦なく、彼はブラウスをさらっといとも簡単に奥さんの身体から剥ぎ取ってしまう。
「やめて……。もう出かけるんだから」
 でも琴子はもう降参していた。頬にキスをされ、髪の毛を優しく撫でられて……。彼がもうランジェリーの下に手を滑らせて、『いつも通り』。肌の暖かみを手のひらに感じて、目の前で満足そうに微笑んでいる。
「出かけるって、ずいぶん早い時間だな。どうせまた遠回りのドライブをして会社に行くんだろ。その遠回りをやめて、俺とさ……」
 その時間を俺にくれよ――。頬にまぶたに、耳元に。そして柔らかい乳房の先に。あちこちにキスをされて、琴子はついに英児を白い腕の中に抱きしめてしまっていた。
 なし崩しなのは、琴子の方。結局、この悪ガキに愛されて愛し返してしまう。

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