ワイルドで行こう

 冷え込んできた師走の夜。食卓が暖かに整う。
 鈴子の目の前に、琴子と英児が並んで座り食事をする光景ももうすっかりこの家で見られるものとなっている。
 やはり、母と娘の気兼ねない食事は会話も軽快で賑やか。間に英児もそれとなく入って冗談を言うと、母娘が楽しそうに笑い飛ばしてくれる。
 その良いムードを狙って、英児は鈴子と約束したことを弾む会話の中に滑り込ませる。
「なあ、琴子。今度、ドレスを見に行く時、お母さんも一緒にどうかな」
 楽しそうに箸を進ませていた彼女が『え』と表情を止めたので、一気にムードが壊れないよう英児は急ぐ。
「ほら。俺ってさあ。そういうファッションのこと良くわかんない男だからさ。上手い相談相手になれないかもしれないだろ」
 彼女がまだ黙っているので、英児はさらに慌てる。鈴子は素知らぬ顔で、スキヤキ鍋に野菜を継ぎ足している。
「俺に『どう』と聞かれても、たぶん、どれも『似合う、可愛い』て見えちゃってダメだと思うんだよー」
 なんて。咄嗟に言ってみたら、目の前の鈴子がぷっと吹き出していた。
「ちょっと、琴子。本当にここまで『可愛い、可愛い』なんて言ってくれる旦那さんは、そうそういないと思うわよ。貴女が、英児さんを大事にしないよ」
 彼女の母親がいるのに、ついいつもの調子で彼女を『可愛い』だなんて言っていたことに気がついて、英児はいつになく耳まで熱くなり逃げ出したくなった。
 だが。そんな英児と母親鈴子の娘を諭す言葉が効いたのか。
「そうね。なかなかイメージが湧かなかったんだけど。お母さんにも見てもらおうかな」
 なんだかんだ言って。そこで鈴子母もほっと表情が緩んだ。結婚式準備の進行具合も気になるし、娘に少し頼って欲しかったのだろう。
 次のプランナーと面会の日は、週末の土曜。彼女の母親も共に行くことに決定した。

 
 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 
 ところが。そのドレスを母親と一緒に選んでみる――が、大失敗に終わる。
 一言で言えば。娘の気持ちと母親の気持ちが大衝突。英児は間でおろおろするだけで、割って入って仲裁なんてこともできなかった。
 とりあえず、琴子を宥め、鈴子義母を慰め――。母娘互いに相手が見えない場所で個々に対応し、その日もなにも決まらず、なんとか琴子を龍星轟に連れて帰る。
 琴子は休暇だったのでこの日は店の手伝いはさせず、二階自宅でゆっくり休むようにきつく言い渡し、英児は店を抜けさせてもらっての結婚準備なので、すぐに龍星轟事務室に戻った。
 
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