ワイルドで行こう

8.さよなら、メモリー


 忙しい師走に入り、英児の店もやや慌ただしい。だが琴子はもっと。盆同様、年末商戦の時期で彼女の会社も忙しさを極めていた。当然、また毎晩のように残業責めになる。
 それでも毎朝なんとか通っている琴子が、この朝はぐったりと寝込んでいた。
「英児さん。今日……会社、午後から出勤することにしたから」
 朝の寝室で『大丈夫か』と案じて声をかけると、気怠そうな琴子がそう知らせてくれる。支度を終えた英児を見ると、琴子はふっと眠ってしまったのだ。
 三好ジュニアにも連絡済みのようだったので、許しを得てのことなのだろうと英児もそっとして、その日は二階自宅に彼女を置いてそのまま店に出る。
 
「えー、琴子さん。今日は午後出勤なんだ」
 いつも朝一番に事務所に出てくる武智は、毎朝、出勤するために一番にガレージを開ける琴子と挨拶をする。その時間に琴子が現れなかったので気になったようだった。
 だが武智は少し不思議そうだった。
「でもさ。琴子さんって『頑張り屋』ではあるけど、なんていうんだろう……段取り上手いっていうか、ギリギリまで攻めてもコンディション管理ができる人だと思っていたんだよなあ」
 なんだそれ。と、英児は眉をひそめた。
「管理能力があるって言うのかな。三好ジュニア社長がアシスタントに抜擢しただけあるなあって。俺の事務の手伝いをしてくれる時、いつもそう思っているよ」
「あ、それ。あるかもな。『お手伝いします』て言い出すけど、あれって『アシスト上手』ていうのかな。俺も土日の手伝いを思いきって任せる時あるけどよ。あんとき、どこをどう手伝えばいいかよーく見て、俺の指示なしでも自分で判断をして切り回しているもんな」
「そうそう。だから矢野じいが喜んで使うし、清家兄貴も兵藤兄貴も文句言わないで一緒に仕事をしているんだと思うよ。あれでもたもたしていたら、ここのオヤジに兄貴達は足手まといだと、きっぱり切り捨てるシビアさはあるからね」
 だからこそ――と、武智が本題に戻る。
「だからこそ。寝込むっておかしくない。そうなる前に、ちゃんと調整できる人だと思うんだよ」
「でも。すげえ遅くまで残業するんだぜ。俺と初めて出会った時も、徹夜泊まり込みの上、翌日も残業になって夜遅くて二日ぶりの帰りだったらしいもんな。マジで疲れ切った顔をしていたんだからさ」
「で、くたくたに疲れ切った姿の彼女に一目惚れしちゃった人がいるしねえ」
 意味深な笑みでにんまりからかわられたが、『いいたいのは、そういうことじゃないだろ』と突っ込んで。
「だから、疲れがでたんじゃねえの。だいたい、ここんとこ、ちょっと疲れた顔していたよ。すぐに寝ちまうし」
 抱けない日が続いているし……と、心の中でそっと呟いてみるのだが、それは彼女と二人だけの秘密。

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