ワイルドで行こう

「琴子は。すぐに俺の欠けている心を知ってくれて、常に俺の傍にいようと心がけてくれたんだよ。今でも。この前だって熱が出て実家に帰したのに。俺が一人で寂しくしているんじゃないかと、帰ってきてくれた。甘えているのは、手放せないのは、俺のほう。俺が琴子を選んだんだ。誰でもない、琴子を。他の女は俺を置いてどこかに行っちまったから『忘れた』よ」
「そっか……。私は、そんな英児君を二度も捨てたってことなんだね。気がつかなかったということなんだね。昔も今も自分のことばっかり……なんだね……」
「お前は、とにかく俺じゃなくて、理想の男と結婚したかったんだろ。俺なんかとはどうあっても、結ばれなかったと言うことだよ。それを考えると『どうして私じゃないの』なんて言葉はぜってえ出てこねえと俺は思うけどな」
「……うん、そうだね。そうだった」
 また香世の目から、涙が溢れていた。
「みっともないね、私。醜い秘密を英児君に叩きつけたりして……」
 そんな香世に――。もうこれで終わりかもしれない香世に、英児は最後に言っておきたいことを伝えようと思う。
「慣れちまったのかもしれないけどよ。もう一度、旦那と向き合えよ。子供、ちょっとだけでも預けて二人きりになってみたらどうなんだよ」
 きっとそんなことなのだろう。結婚十年以上。男と女ではなくなって、彼女の頭の中にちょっとだけ生々しい匂いが漂う身近な男にトキメキ役を任せていただけ――。
「うん……。そうだね」
 やっと香世が涙を拭いた。頭の中にいた英児が知らない『英児君』が出て行ってしまったのだろう。そうすれば、彼女には夫しかいないのだから。
「なあ、香世。マジで独り身は寂しいぜ、侘びしいもんだぜ。家族がいるならなおさら。もう一人にはなれないぜ。だから……なあなあにしないで大事にしろよ」
 また、香世の頬に涙が流れた。でも今度は一筋だけ。でも溢れた涙より、そのたった一筋の涙が香世の本当の想いからこぼれた涙に見えた。
「ありがとう、英児君。帰るね」
「おう。気をつけてな」
 車まで見送らなかった。そのまま作業を続けようとした。そして香世もそのまま背を向けて去っていこうとしている。
 もう、この店にはこないかもしれない。やはり男と女だった関係は、ただの同級生にはもどれないのかもしれない。

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