ワイルドで行こう
 お風呂の湯張りをセットして、母とお茶を呑みながら一息ついた頃だった。
 琴子の携帯が鳴った。見ると、早速? 『滝田英児』という表示。ビックリして思わず直ぐに出てしまう。
「はい、琴子です」
 何故か、目の前の母がまたまたニンマリ。でもそれを娘に見られると素知らぬ顔で今度は母が目を逸らす。
 訝しげに首をかしげたが、次に彼から告げられたことに琴子は仰天することに。
『ごめん。俺、気がつかなくて。後部座席の下に、お母さんが帽子とハンカチを落として忘れていたみたいで』
 もう背筋がピキーンと張るのがわかった。そして母のニンマリの訳も!
 やってくれたな、この母! わざと忘れたのだと琴子には直ぐにわかった。
『俺、今からそっち戻るから。いいかな』
「すみません、もう……本当に。母のためになにからなにま……」
 なにからなにまで。そう言おうとしたら、耳元から携帯電話が取り去られた。母が強引に奪ってしまったのだ。
「滝田さん、本当にごめんなさいね。もう、私ったら、ご迷惑かけっぱなしで。いえいえ、もう今夜は遅いですから。私も風呂上がりでもう出られませんし。後日、ですか。平日は誰が訪ねてきても出ないようにしているの。出来たら、琴子が日中いる土曜か日曜の方がいいです。ええ、その時は琴子に連絡してください」
 もう琴子は茫然、絶句。この『確信犯ママ』どうしてくれよう!?
 勝手に話をまとめた母が電話を切って、満足げに琴子に携帯電話を返してくれる。
「お、お母さん! なに勝手なことしてくれるのよ!」
「あら、いいじゃない。これでもう一度、彼に会えるわよ。というか、お母さんが会いたい」
 そしてニッコリ満面の笑みの母。
 琴子は頭を抱えて項垂れる。そこまでしてくれなくても、今回は勇気を振り絞って再会する約束をちゃんとしていたのに……。
 もう彼、どう思ったかしら?
 琴子は父の遺影をちらっと見た。
 ――『お父さん、もしかするとお母さん復活したかも』と。
 おおらかで、活発で自由だったあの頃の母のように。
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