ワイルドで行こう


 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 
 そして。娘の小鳥が思ったとおりになる。

 夕方。琴子母が二階自宅に帰ってきた時にはもう不機嫌だった。

 小鳥が思うに、龍星轟の事務所を通った時に『矢野じい』が報告したんだろうなと予測。
 むすっとした顔でキッチンでエプロンをすると、無言で夕飯の支度を始めている。

「お母さん、あのね」

 小鳥から学校であったことを話そうとしたのだが、そこで琴子母がキッチンでにっこり。

「小鳥ちゃんは何も心配しなくていいからね」

 この上ない微笑み。だけど娘の小鳥にはわかった。優しいママの笑顔じゃなかった。怒ってる、怒ってる。

 ひとまず、自分の部屋に戻ろうとすると、向かい部屋にいる弟の聖児が顔を出した。

「学校に父ちゃんが突撃したんだって? 二年の先輩に聞いた」

 聖児は同じ高校に通う一年生になっていた。
 しかも入学して暫くすると茶髪にしたので、これまた家族でひと騒動あったばかり。

 この時は琴子母が『やめなさい、やめなさい』と口うるさかったのだが、親父さんが『まあまあまあ』と緩和する側になった。

 当然、『茶髪、赤髪、金髪、メッシュ、剃り込み、リーゼント』なんて、一通りやった元ヤン親父の味方など通用するはずもなく――。

 いまはひとまず、一度好きにさせてみる――という方向性で父と母の間では収まったばかり。

 この時は親父さんが生真面目な琴子母をだいぶ宥めてくれたようだったが。

 そういうことがあった後の、親父さんの学校への勝手な襲撃事件。さて、今夜はどうなる?

「おう、帰ったぜ」

 龍星轟が閉店、父が二階に作業服姿で帰ってきた。

 小鳥が幼い頃から変わらぬ姿。薄汚れた整備手袋をテーブルに放って、真っ黒になった指先を眺めている父。この後、直ぐに手を洗いに行くのが父の習慣。

 だけど今日の父は、ちらっとキッチンにいる母を見た。

「あのな、琴子」

 そこでまた、琴子母があの怖いにっこり笑顔を浮かべた。
 流していた水道をキュッと止める母。

「英児さん。ちょっといいかしら」
「お、おう」

 手も洗わず、父は琴子母について夫妻の寝室へと連れて行かれてしまう。

 そこで弟たちが一斉に部屋から出てきて、小鳥がいるリビングまで集まってきた。

「うわ、どーなるの」

 末っ子の玲児がそわそわする。

「でもよ。父ちゃんは一度言いだしたことは母ちゃんにも譲らないから。姉ちゃんの免許取得延期は覆せないと思うな」

 茶髪の聖児は割と落ち着いた顔。
 そして小鳥は――。

 同じだった。琴子母が助けてくれても『自分で決めたこと』だから、母には『五月でいいよ』と言うつもりだった。

 でも。どうなる? 今夜の父ちゃんと母ちゃん。




  




< 468 / 698 >

この作品をシェア

pagetop