ワイルドで行こう



「知らなかった……。そんなずっと前から父ちゃんのこと、知っていたなんて」
「うん。社長もびっくりしていた。でも社長の車だけ、本当にオーラが違うんだ。一般人には見分けがつかないかもしれないけど、車が好きな男なら、直ぐ分かるものを社長は持っていたんだ。俺もそれで惹かれた。社長の車は目に焼き付くんだ」

 それ、わかる……と、小鳥も思った。車にも表情がある。その人の好みが直ぐに出る。そんな意味では、英児父の車は、走り屋野郎が憧れるようなセンスで仕上げられているはずだった。

「そう思うと。俺って、だいぶ前から、何よりも車と一緒に生きていくことを選んでいたんだな」

 また彼が哀しく眼差しを伏せた。

「車も、彼女も、続けていれば、ちゃんと手に入って離れないと思っていたけど。欲張りだったんだ」

 そんなことないよ。車が好きで車にばかり手をかけちゃう男の人でも、ちゃんと奥さんと幸せな人、龍星轟にもいっぱいいるよ――と言いそうになって、小鳥は口をつぐむ。

 それは『あるとしたら』これからの話であって、翔兄にとっての『今』ではない。翔兄は瞳子さんとそうなりたかったと今は思っているのだから。

「馬鹿だよな。あれだけMR2が嫌われているのに、最後の賭けだと彼女に会いに行く時、俺、やっぱりMR2をピカピカにして気合い入れているんだもんな」

 汚れたワイシャツ姿で、柔らかい黒髪をかいて情けなく笑う彼を小鳥はただ黙って見つめる。今までこのお兄さんは『本当はビジネスマンとして生きていける人、それが似合う人』だと思ってきた。でも、今日はもうそう見えない。この人も、父と龍星轟にいる皆と一緒。『車バカ』にしか見えなくなってきた。これが本当のこの人だって、やっとわかった気がした。

「彼女は車に乗ってくれないどころか、『またすごくピカピカね』とか嫌そうに言ったりして。まあ、そうだよな。車をピカピカにするなら、もっと私のことも考えろって意味だったんだな」

 意外と……。異性には鈍感なのかな。と、初めて思ってしまった。
 お兄ちゃんは大人。大手企業の就職を蹴ってやってきた人。なんでもできる頭がいい人。そう思っていたのに。そうじゃなかった。




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