ワイルドで行こう



 ダム湖に行けば、彼がいつもつるんでいる青年軍団の一人に過ぎない。
 お兄さん達と走って、笑顔で別れる。ただし、そんな若い男性達と一緒にいる時は、翔兄は必ず小鳥の傍にいてくれた。

 ……たぶん。上司の娘だから、悪さでもされないよう気遣ってくれているのだろう。

 そう思っているし……、小鳥自身も、自分に甘くなる都合が良い考えは持たないようにしていた。持てば期待してしまう、期待したら……欲張りの始まりだから。そしてその果てにガッカリして落ち込んでしまうから。

 『ダム湖で待っている』。

 翔兄との約束はいつもそれ。
 とにかくダム湖で落ち合うことになっている。

 誰もいない時もあれば、今夜のように誰かが集まっていることもある。
 こういう時は、だいたい『男同士でどうぞ』と小鳥は遠慮する。誘われたらついていくこともあるけれど、基本はそうしている。
 今夜もだから。小鳥はダム湖でお兄さん達と別れた後、『一人でも行こう』と決めていた場所を目指している。
 

「お兄ちゃん……なんて、呼ばなければ良かった」

 
 何年も前のことを、今更ながら憾んでる。小さな女の子だったからこそ、自然と馴染んでしまった彼への愛称が最近はちょっと哀しい。

 だからって。あのお兄さんのことをなんと呼べばいい? やっぱり『お兄ちゃん』か『翔兄』としか言えない。

 今でも真面目で淡々と日々を過ごしている彼に、大きな変化はない。ただ彼のバックヤードで隠されていた『恋人』という影が消えただけで、相も変わらず『お兄ちゃん』だった。

 どこに行っても『滝田社長のお嬢さん』と紹介される。龍星轟では『夜、走りに出かけるようになった娘がどうしているか』とヤキモキしている英児父に、部下として『大丈夫ですよ。俺がついていますから』とかなんとか言って、ちくいち報告してるのだろう?

 英児父も『頼んだぞ。あいつ勝ち気でトラブル引き寄せる体質だからよ。お前がついていれば安心だわ』とかなんとか言って、本当に部下である翔に頼っている。

 そんな男二人の姿を垣間見るようになると、小鳥は苛ついた。

 英児父は翔兄のことを従業員として小鳥のお守り役にさせているし、翔兄は翔兄で、上司の言い付けを守りたいから小鳥の傍にいてくれるのだと。
 なにかあったらいけないから、『夜、でかけるなら。俺と一緒にいればいい』ぐらいに思っているのだろう。

 そんなの、もう限界!!









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