10年越しの恋

友達の存在

さやが呼ぶ声は聞こえていたけれどもう引き返すだけの気力が残ってはいなかった。

何度も頭に浮かぶさえちゃんの冷たい目が私の感情を凍らせる。

駆け足でたどり着いた大通りでタクシーに乗り込んだ。


「T町まで」


そう告げて座席に沈みこむように体を預ける。

上がった呼吸と速い鼓動は走ったからだと思い何度も深呼吸を繰り返したが一向に収まる気配はない。

あの日以来不安定な自分の体に苛立ち、そして益々不安になる。


「すみません、煙草いいですか?」


禁煙車ではないことは分かっていたが一応の了解を得て火を点けた。

深く吸い込んだ煙がもたらす気持ちの緩みはリラックスではなくさらに私を悲しい記憶へと導く。


”あの子にそそのかされたんでしょ”


”どうせお金目当てで近づいたんでしょ”


そんな言葉が頭の中に繰り返し響き、叫びだしたい程の恐怖とそして信じられないほどの怒りが体中を支配する。


同時に華ちゃんを失ったあの日の光景が意識を覆い尽くす。

悲しみ、憎しみ、絶望。

私の心の中にはそんな負の感情しか存在しなかった。

おでこを押し付けるように外に目をやってみても窓の外には明るく華やかな夏の景色が流れているのに、自分だけはそこから隔絶された様に感じる。

そう目の前にあるガラス窓が象徴するように。

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