10年越しの恋
緊張の中迎えた初出社の日。

指定された8時半よりも20分程早く到着した。

面接の日と同様にドアを開くと今日は5、6人の作業服を着た若い社員の姿がある。


「すみません、本日からお世話になる岩堀ですが」


声を掛けると会社員なのにピアスをした茶髪の若い男の子が近づいてきた。


「三井さんの引き継ぎの人?」


確か退社する人の補填だと言ってたのを思い出して


「はい…。たぶんそうだと思います」自信なさげに答えると、


「事務の人たちまだ来てないからここに座って待ってるといいよ」


傍にあった椅子を引いてくれた。


「ありがとうございます」


薦められるままに腰を下ろして他の人たちの様子を観察していると妙な親近感を感じて思い出したのが父親の下で働く人たちの顔だった。

日に焼けた健康的な顔とフランクな雰囲気が現場で働く職人さんそのもの。

そんな人たちがいることに安心感を抱く自分に嫌気がさす。

私は自分の父親に感謝しその仕事ぶりを尊敬している。

それと同じように技術を身につけて働く職人さんのことも同様に尊敬している。

でもそんな価値観を否定されて華ちゃんを失った私は歪んだ感情に支配されていた。

結局はどれだけ頑張っても自分はこの程度の人間なのだと。

こんなんじゃまた雅紀のお母さんに馬鹿にされる、結婚を許してもらえない。

こんな悲しい考えしか頭に浮かばなかった……。

でも今の自分に出来る精一杯がこの会社でこの仕事だということも十分に分かっている。

そんなことを考えていると5分もしない内に仕事を引き継ぐことになる三井さんがやってきた。


「岩堀さんですか?」


「はじめまして。今日からよろしくお願いします」


名前を呼ばれ慌てて立ち上がり頭を下げた。


「そんなに固くならないでいいよ。ここそんな会社じゃないから」


意味深な笑顔が少し気になったけど制服を受取り更衣室へと向かった。

まさに事務員の制服といった紺色のスカートに白いブラウス。まだ少し肌寒かったので持参したラルフのセーターを羽織る。


「案内が必要なほど広くないけど」


そんな三井さんの後について社内を歩いた。
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