10年越しの恋
気持ちいい夏の日差しを浴びてもイライラが収まらず1階にある資材倉庫の喫煙場所へ向かい、ポケットに入れてある煙草を取り出して火を点けた。

こんなところで何やってるんだろ……。

本当なら結婚してお母さんになっていたかもしれないのに、現実はこんな底辺とも言える会社でOLをしている。

なぜあんな人間としても尊敬できないおやじに顎で使われないといけないのか。

自分でもびっくりするぐらいに嫌な考えにさいなまれていた。

そんな気分を振り切ろうと煙を深く吸い込むと少しだけ冷静な気持ちが戻ってくる気がする。

ふーっと長い息を吐き出していると江崎君が車から降りて近付いてきた。

「顔怖いよ、どうした」


「別に何でもない」


「なんでもないって顔じゃないじゃん」


「江崎君にはわかんないよ」


「何、話してみたら楽になるかもよ」


「金田にムカついてファイル投げて出てきた。それとこの会社に入ってから自分の中にこの世で一番嫌いな人と同じような考えが存在することに気づいたの」


社内の人を心のどこかで馬鹿にしている自分に気づいていたことを口にしたら少し楽になった。

「いいんじゃない? 金田はほんとムカつくし。瀬名ちゃんみたいなお嬢さんがこの会社にいること自体不自然なんだから逆に自然な感情だと思うよ」

「私お嬢さんなんかじゃないよ」


むきになって言い返すとふっと諭すように言う。


「俺らからすれば十分なお嬢さんだよ。留学して大学行って。同じ職人としてそこまでがんばった瀬名ちゃんのおやじさんを尊敬するね」


高校を卒業してすぐにこの町に出てきて、いつの日か独立するのを夢にがんばっている。

だから同じような状況から小さな会社を築いた私の父親をそんな風に言ってくれるのだった。



「どういう経緯でここに来たかは知らないけどさ、不本意なのはなんとなくわかるから」


「江崎君……」


「頑張れよ」


頑張れよという言葉にこんな暖かい響きを感じたのは初めてだった。
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