戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


馬車馬ですら忙しい時に、常日頃ご多忙の専務こそ何の用だ――そうハッキリ聞けないのは、この男が重役という、本来であれば距離を置くべき役付きだからであるが。


本当のところはこれ以上、何も見えない彼に近づくのを避けたい。こうして顔を合わせる度に、ずきずき胸が苦しなるから酷なものだ。



「…かしこまり、ました」

だけども、私的感情が憂慮されるほど世の中は甘くない。

偽の婚約者うんぬんより、オフィスで上層部の人間に盾つけば明日はないと知ってもいる。


「では、荷物を持ってお願いします」

「・・・はい、」

頷いて視線を落とした中で目に入った、ピシリ仕立ての良いスーツ姿はもはや嫌味にしか見えない。



ちなみに今日は、ライト・グレー色のデザイナーズ・スーツを着こなしているロボット男。


堅苦しくなく、そして奇抜でない。何よりも自身に見合う物を良く分かっている、と私でもそう分かるから、センスの良さもまた特筆しているのだろうな。



どこまでも業務的な口振りの彼に半ばイライラしつつも、背を向けて歩き始めた姿を無言で追うのがこの場では正解だと思う。


ひしひし感じる視線に小さくなる私へ、何やら“どうぞ”などと手振りを見せては専務へ押し遣る部長こそ有難迷惑でしかない。


早く専務に去って欲しい男性社員、そして対照的に専務へ熱い眼差しを送る女子社員。


そのドチラからも向けられる眼差しが鋭さを増すから、不本意だがおずおずと頭を下げてしまう。


中でも一番の睨みを利かせている独身のお局OLさんは、明日は間違いなく嫌味チクチク下さるに違いない。

もともと嫌味は受け取らないし、それは今回も気にしないのだけども。


時間が経つにつれて重くなる、この居た堪れない空気は何だろう。語弊がありそうだけど、ケアレス・ミスを仕出かした方がまだ救われる…。


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