戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


美しい女性を連れた男はやけに輝いて映るから、先ほどまで彼のエスコートを受けていたとは夢みたいに感じる…。



何よりも当の2人といえば、あまりの大胆なお誘いによって、驚きを隠せない周囲の視線を諸ともせず退出するものの。


その道すがら朱莉さんのことをスマートかつ丁重に扱う所作と、普段の冷徹男からはまったく想像の出来ないフランクな口調がホールで木霊した。



そうして残された私へと向けられるのは、“やはり彗星の暇潰しだったか”という嘲笑すべき事実だけ――



2人が姿を消して一気に騒がしくなったホールで、その罵詈雑言に対応する力はゼロだった。


この際2人の関係が続いていると、肯定して場を収めておくべきかもしれない。


認めたくないけども先ほどの光景は、誰がどう見ても一目瞭然であったから。



婚約解消してもなお、専務と朱莉さんの仲睦まじさはご覧のとおりに健在だと…。



それでも無言を貫くことを選べば、幼い頃に身につけた礼儀作法は存外に役に立つと分かった。


にこりと嘘の笑みを浮かべ、ぽかんと呆気に取られる周囲に向けた恭しい一礼をすれば。


あとは敗者は何も語らずこの場を去るのがマナーと、いささか震える足を動かして会場からの脱出を図る。



ホテルへ到着して車を降りた時、ごく自然に握ってくれた大きな手も。

まさに嫌味しか吐かない、淡々とした抑揚のない低い声韻も何もない今。


茫然自失状態の中で残された微かな意地が、彼らが階上で過ごすホテルに留まることを拒む身体を外へと追い出してくれたのだ。


< 218 / 400 >

この作品をシェア

pagetop