戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


今まで抱き締められていた手は、いつもより僅かにあたたかく感じられる。その彼特有なゆるい温度が、またどこか心地よくて。


誰とも間違えようのない独特の温かみに、すっかり絆されてしまっているとはすでに重症かもしれない…。



患った自身に今ごろ羞恥が押し寄せて、ふと兄の方へ視線をチラリ向けたが。あいにくアチラはアチラでお忙しいご様子だった。


この場面を見られていないと、ホッとして良いのか何とも複雑な心境で立ち上がれば、相変わらずクールな面持ちの彼に連れ出されてゆく。



そのまま手を繋いで外へ出れば、先ほどまで居た室内とは打って変わり、穏やかな風が吹く夕暮れ時の模様が上空を覆っていた。


そよそよ優しく頬を撫でる、その風が心の奥へと沁み渡るのを感じつつも。この時まで都会でも優しい風を感じられるとはすっかり忘れていた。



ふと何気ないことに気づけたのは、悔しくもいま隣を歩く男のお陰――でも、根本的な解決は未だ何もしていないのが現実。


ただし、もう不思議と涙は零れないし、心の痛みも随分と感じなくなったから。


このまま…少しずつで良いから、彼のことを忘れていければなと思えてならない。



「此方の気も知らずに、勝手なことばかりを考えるのは止めて下さい」

「…なっ、そうやって、人の感情を読むのも止めて下さ…」

ようやく乱れきった感情を納得させ終えた時。またもや冷淡な声音でタイミング良すぎる揶揄を入れられたから。


私は当然の如く、その声主である隣のロボット男を見上げて睨んだものの。


次いでピタリ立ち止まった彼が、不意にスッと端正な顔を近づけて来た。


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