戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


そう言ってしまえば、婚約して豪華なマンションに暮らす今の自分が、当たり前みたいに思えて何やら癪だが致し方ない。


信じていた彼氏に逃げられてからも継続中のモヤモヤ感が、ハレー彗星によってさらに増していることとか。


何となく芽生えてしまった、無意味な感情を認める訳にはいかない。そう、これだけは誰にも言える訳が無いもの。


だからこそ、こういう時こそ笑っているのが一番だ。それらすべてを隠して、自分で自分を笑って済ませてしまいたいから。



「と…、トッキー!」

自嘲笑いを浮かべたところ、隣を歩いていた加地くんが突然に素っ頓狂な声を昼間のオフィス街で上げた。


「なによ、いきなり叫んで」

それに驚くより早く、オフィス街であだ名を大きな声で呼ばれて恥ずかしい思いをした私は加地くんへと視線を向けた。



「…ま、前に」

「はぁ?」

すると数十秒前とは明らかに変わった声色で口をパクパクさせているから、ますます意味が分からない。


ハッキリ言わない彼に業を煮やして、私の声と顔つきが険しいものになるのも無理はなかった。



やたらとスーツ姿の人で溢れた、日本の中核を担っているオフィス街に何の驚きがあるというのか…?



「怜葉さん」

「っ、」

疑問符を抱き始めた、まさにその時。
耳慣れた声韻に呼び掛けられたことで、異常なほどビクリ反応した自分がほとほと情けない。


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