美しいあの人
すっかり口数の少なくなったあたしを、
松井さんは眠くなったのだと勘違いしたようだった。
そろそろ帰ったらどうだと帰りを促される。
帰りたくない、なにか話すきっかけが欲しいと思いながらも
何もつかめなかった。

あたしはせんばづるを後にして松井さんが止めてくれたタクシーに乗り込んだ。
「池袋まで」
タクシーの中で、目に焼き付けてきた美しい顔を思い出していた。

またせんばづるへ行ったら会えるだろうか。

松井さんは明日も店へ来ないだろうか。

明治通りを高田馬場あたりまで行ったところで気がついた。
松井さんからタクシー代をもらうのを忘れた。
まあいいだろう。

あんな美しい人を見られたのだから、タクシー代くらいは安い物だ。
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