大海の一滴

「思い出してくれたの?」
 目をつぶり、大きく頭を振るタツユキ君。

「全部じゃない。でも、少し思い出したよ。おぼろげな記憶だけど。昔、中学生くらいの時に、バックパック一つで自転車旅行をしたことがある。って言っても、実家から隣の県にある単身赴任していた親父のところだったけど。後先考えずに出かけた結果、疲労骨折で動けなくなった。やることなくて時間も体力も持て余してた時、親父に言われたんだ。海の近くにあるコスモス畑に、お前より二つ年下の女の子がいるって。訳あって不登校になっているから、暇なら面倒を見てやれってね。それが、君だろ?」

 ふうむ。運命的な出会いだと思っていたのに、フジさんの策略だったとは。


「その君が、何故美絵子の身体を使ってここにいる?」
 タツユキ君は昔から率直なのだ。そしてそこもまたいいのである。

私は妖艶な笑みを作った。
「そうね。強いて言えば、神様の思し召しかしら」


 間違ってはいない。というか、ほぼ正解なのである。


タツユキ君は眉間にしわを寄せ、しばらく考え、また大きく頭を振った。



「そもそも考えても分からないんだ。こんな非現実的なこと。だからオレが言いたい事は二つ。一つ目は、君宛の手紙を預かっている。それと二つ目。美絵子を返して欲しい」


 タツユキ君の真剣な瞳はとても魅惑的である。

私は出来るだけ諭すような言い方で喋った。
それが、大人の女と言うものだからである。



「一つ目は、もう解決済みね。あなたがお風呂に入っている間に読ませてもらったわ。不用意にジャケットのポケットに突っ込んでいるんですもの。それから二つ目だけど」



 そこでわざと間を空け、もう一度微笑む。





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