大海の一滴
 
 美絵子に誠心誠意を尽くさねばならないその席で、達之は不覚にも彼女の姿に囚われたのだ。
 それは美絵子に初めて会った時と同じ、懐かしさに胸を焦がれるような、一瞬の感覚だった。


 こんな時に、一目ぼれをするなんて。
と、自分の野性的な内面にがっかりして、更には個人的な気まずさも重なり、その後の達之は秋野月子の顔をまともに見られなかったのである。

 気を取り直し、その場で美絵子に謝罪をした達之に「良かったね」と秋野月子は言い「ありがとう、またね」と美絵子は微笑んだ。

 秋野月子と言葉を交わしたのは、思えばあれ以来だった。



(もしかしたら、いい人なのかもしれないな)
 あの喋り方は彼女の癖なのかもしれない。

(別に、美人だったからじゃないぞ)
 慌てて釈明する。美絵子が怒っているような気がしたからだ。

(信用してくれ。オレは美絵子を誰よりも愛しているんだぞ)
 ついでに、ちょっとだけ持ち上げておいた。


「信用かぁ」
 それにしても美絵子はどうして、あんなに秋野月子を気に入っているのだろうか。



 美絵子は、昔から友達が少ない。


『家族間でも裏切りはあるのに、他人なんて信用出来るはずが無いわ』


 まだサークルの先輩後輩だった頃、よくそう話していた。
実際、美絵子はあまり人と関わろうとしなかった。


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