ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
「ミツぅ、コンディショナー空~。」
 シャワーの水音をまとって洋二の声がする。
「んなもん、洋二の頭にいらねえよ!」
 ミツはバスルームに向かって声を張った。

 自分にまいてきたタオルとは別の、
ミツのタオルで勝手に髪をふきながら洋二は風呂から出てきた。

「いやー、助かった。ありがとな、ミツ。なんか着るもの貸して。」
「おまえ、図々しいなぁ、もう、ほら。」
 ミツはロングティーシャツとジャージを洋二に投げた。
「おっ。」
 洋二は空中でばらけたロングティーシャツとジャージを
うまくキャッチして臭いを嗅いだ。
「嗅ぐな、洗ってある。」
 ミツはすっかり伸びてしまったカップラーメンを覗き込んで
思い切ってすする。

「洋二、パンツ履いてきた?」
 ドアの外にいた洋二はバスタオル一枚だった。
「あはは。」
 そっぽを向いて笑う洋二。
「洗って返すから。」
「もういらない。」
 ミツはすねたように残りのカップラーメンを胃に流し込んだ。

「明日、大家に言って直してもらわなきゃなぁ。」
「そうだな。」
 ミツは適当に相槌をうって箸をおいた。

「あれも、ついでに言わなきゃな。」
「ん?」
「蛇口が閉まんなくてさぁ、ピチョンピチョンうるせえんだよ。」
「プッ。」
 ミツは噴き出した。
「ん?」
 洋二がきょとんとした顔でミツを見る。
「ムリ。それ多分、このアパート全部そうだから。」

 あの夜、アパートの階段で出会った洋二は、
猫のようにミツの生活に度々侵入してきた。

 洋二は、フラワー・オブ・ライフという
なんとも洋二の外見に不釣合いな可愛らしい名前のバンドで
ギターボーカルを担当しているらしい。
この東京に今年だけでこんなやつが何人増えたかわからないが、
ギター抱えて田舎の福島から出てきて、
フリーターで食いつなぎながらバンド活動をする。
< 11 / 61 >

この作品をシェア

pagetop