ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
 ドラムの裕太。
いつものふざけた表情とは別人の真剣な眼差し。
力強く踏み抜くバスドラムの音。
日焼けした腕がサスペンションシンバルを叩く。
シンバルがしなって光を反射する。歌詞なのか、リズムなのか、
裕太の厚ぼったい唇が小刻みに動く。

 ベースのサトシ。
すらりとした長身に細い黒髪のえりあしが跳ねる。
少し膝を曲げ、走り出したい衝動を抑えきれない洋二を
牽制するかのよう正確な音。
時折メンバーととるアイコンタクト。
前髪が舞って、自信に満ちた黒い瞳が覗く。

 キーボードの羽月。
普段と変わらないやわらかな笑みを口元に浮かべて華奢な指が鍵盤を踊る。
跳ねる細い手首。少し首を傾げる仕草。栗色の髪。
ふと向けられる長いまつげの先の眼差し。
軽やかなメロディーが洋二のギターと絡み合う。

 ギターボーカルの洋二。
ステージの王様は洋二だ。
スタンドマイクにぶつけるように、かすれた高い歌声。
にらみつけるように真っ直ぐな、切れ長の瞳から放たれる視線。
肩幅に開いた足がステージを踏みしめる。
別の生き物のようにギターの上で踊る指先。
光を跳ね返すシルバーのドッグタグ。
もう額には汗が滲んでいる
。細い体の奥底から絞り出すような叫び声。
観客を煽る。
フロアが揺れる。
前のめりな姿勢は今にも客席にダイブしていってしまいそうだ。

 ファインダーの向こうで洋二が歌う。
ミツの頭の中にはインプットされた全ての曲と
ミツの描いた画コンテを同時再生していたが、
それももう追いつかなくなってきていた。
圧倒的な存在感がファインダーの向こうからあふれ出て、
ミツを攻撃してくる。

 ミツは生まれて初めて自分の脳みそが回転している音を聞いた。
ハードディスクのように頭の中が分割され、
すげえ、すげえと連呼する一方で、
冷静にベストを探している自分に出会った。

 あれほど何度も考えたカットたちが灰色になる。
新しいアイディアが吹き上がって、
そのベターとベストを一瞬で判断できる。
時間が速く過ぎているのか、それとも、とろりと漂っているのか、
痛いほどのスピードがミツを連れ去っていく。

 洋二の考えていることが流れ込んでくるような気がした。
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