ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
その日は、音楽バラエティ番組の収録で、
ミツはいつものように一番下っ端のADとして走り回っていた。

あのドキュメンタリーを見て声をかけてくれたのだから、
ミツは当然ドキュメンタリー番組を作る会社だと思っていた。

知らない海外の電車に揺られて景色を撮ったり、
そこに暮らす人々を撮ったりするのもいいかもしれないと思った。
しかし、現実は主にバラエティー番組。
企画段階の下調べからカメラに映るちょっとした小道具の制作。
あとはただの使いっぱしりだ。
運ぶ、走る、片付ける、がミツの存在価値だ。

「おい!中野!おっせえぞ!」
先輩ADが怒っている。
ということはディレクターも怒っているのだろうとミツはぼんやり考える。
「はい!」
と、返事をして、先輩ADのもとへ駆け寄る。
ADバッグにぶらさがるいくつもの輪っかが揺れる。
布ガムテープ、クラフトテープ、ミョウジョウテープ、パーマセル。
コレクションだったスニーカーは薄黒く、履き潰した。

「いいからさっさとコレ運んで来い!」
先輩ADにどやされてミツは走り出す。
スタジオではリハーサルが始まっている。

素人のミュージシャンが勝ち抜きオーディションをやる番組、
といっても出来レースで、優勝するのはレコード会社がついたやつだ、
と聞いたことがある。

人気のお笑い芸人とグラビアアイドルが、司会を務めている。
声優を目指しているというカン高い声の女の子が
アニメのモノマネらしきものを披露している。
確かこの番組は、音楽よりキャラクター重視だった気がする。

ダンボール箱を両手に抱えて走り出したミツは足を止めた。
スタジオから聴こえるのは、聞き慣れた声。
二、三歩後退する。
聞き間違うはずがない。
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