運命のヒト
「俺がひとりで苦しんでいても知らんぷりか? 家内はまだ実家に帰ったままだ。なんで俺だけが損しなきゃいけないんだよ」
低くこもったその声は、まるで呪いの呪文を唱えているようで、明らかに常軌を逸していた。
スクリーンの男の役者が『俺も愛してるよ』と叫んだ、そのとき。
「――アンタさぁ」
突然、前の席のカップルの男が立ちあがり振り返った。
目深にかぶっていたフードが脱げて、顔があらわになる。
“彼”だった。
「さっきから聞いてりゃ、言い分がめちゃくちゃ。不倫したのは美園も悪いけど、すでに問題は別のところだろ」