§魂呼びの桜§ 【平安編】
けれど姫がその問いに答えることはなく……。


彼女はそっと桜の太い幹に触れた。


いとおしむように木肌を撫で、頬を当てる。



温かい……そして、なんと優しい……



閉じられた姫の瞼から、涙が溢れ出した。



ひめさま



絶句して見守る女房には構わず、姫は涙を流し続けた。


彼女自身どうして涙が出るのかわからなかった。


気分の高まりのせいか。


それとも、この桜木の慈悲に触れたからか。


人が持とうとしてもけっして持てない力を持つ神木。


そのような木に触れたことで、姫は己の無力を知り、それと同時に畏怖したのだ。




なんと、素晴らしい……

どうかそのお力でもって、わたくしの願い、お聞き届け下され……




もう一度花の季節に訪れることを約し、姫は丘を後にした。


小さな人の子との別れを惜しむように、いつまでも緑が揺れていた--。











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