抹茶な風に誘われて。
 ――ど、どうして私、隠れてるの?

 咄嗟に噴水の影に身を隠しながら、自分でおかしいとは思ったけど、一度隠れてしまったから今度は出て行くタイミングをなくしてしまった。

「……生徒からの連絡なら、ここの受け付けに言伝してもらえれば十分だ。それに、わざわざ出欠の確認なんてしていないからな」

 低い声は平坦すぎて、全く感情が読めないものだったけど、表情も見えないから不安になる。

 どきどきしている私の視界が届かないところで、優月ちゃんが笑った。

「やだあ、出欠の連絡とかのためじゃないってわかってるくせに。いいじゃない、携帯ぐらい。先生のケチ!」

「ケチで結構。わかったらとっとと帰れ。茶道を習いに来てるんだろうが。それ以外でお前に付き合ってるほど俺は暇じゃない」

 ――やっぱり、携帯電話は簡単に教えてないって本当だったんだ。

 静さんが言ってくれた言葉を思い出して、喜んでしまう心。

 けれどすぐそばで断られて傷ついているだろう優月ちゃんを思うと、そんな自分がすごく意地汚いように感じてしまう。

 ――ど、どうしよう。いっそのこと、今出て行って打ち明けてしまおうか。

 そうだ、それで優月ちゃんに謝るんだ。隠していたこと、ずっと言えなかったこと――全部。

 ちょうど静さんもいてくれるんだし、事情を説明しやすいかもしれない。

 私が一人決意をかためて、噴水から離れようと一歩踏み出しかけた次の瞬間だった。

 今まで笑っていた優月ちゃんの声が、真剣なものに変わったのだ。

「――静先生の意地悪。あたし、本気だってわかってるでしょう? あの日、止めに入ってくれた時に思ったの。静先生があたしの運命の人なんだって」

「……はあ?」

 冷たく聞き返されても、優月ちゃんはめげることなく静さんを引き止めたようだった。

 それがわかったのは、長く伸びる二人の影が重なっていたから。

 耐え切れなくなって、ついに私が隠れていた噴水から離れたのと、優月ちゃんが静さんに飛びついていくのとは同時だったらしい。

 ちょうど静さんの着物の背中に巻きついた優月ちゃんの腕が見えて、私はそのまま固まってしまう。

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