抹茶な風に誘われて。
「……別に。いちいちお前のうるさい声を聞きたくなかっただけだ」

 不機嫌そのものの声で返答しても、めげずにわざわざ俺の正面に回りこんでくる。

「その様子じゃ、やっぱり何かあったのね。かをるちゃんに聞いてもなんだかおかしな返事だったから、ケンカでもしたのかなって思ってたけど――」

「そんなんじゃない。とにかくお前には関係ないから、さっさと仕事に……」

 戻れ、と言いかけた言葉は、すごい剣幕で駆け込んできたもう一人の招かれざる客の声でかき消された。

 金に近い茶髪は、仕事のない日であることを示すように自然に下ろされたままで、更に言えば寝癖がついたままである。

「大変大変大変なんだって! 静っ――って、あれ、ハナコさんも来てたんだ。ちょうどいいや、車出して! 今すぐ来るんだよっ、静!」

 着物の袂を引っ張られて、顔をしかめて立ち上がる。

「何だ、騒々しい。今はお前に付き合う気分じゃないんだ」

「そんな澄ましてる場合じゃねえんだよっ、この馬鹿! お前がぼやぼやしてる間に、かをるちゃん横からかっさらわれてもいいのかよ!」

 胸を閉めていた名前を出されては、抗議の言葉も固まってしまう。

 ずっと逡巡していた思考がまた動き出して、鬱々とした気分が蘇る。

「あーっ、苛つく! とにかく黙って付いてこい! 行くんだよ、かをるちゃん引き止めにっ!」

「引き止めに? どういうことだ」

「だからー、例のアメリカ野郎に付いて車に乗っちゃったんだってば! 今すぐ止めないと、かをるちゃんもう帰ってこないかも……」

 それ以上駄目元の甲高い声を聞くこともなく、俺は立ち上がっていた。

 車のキーをハナコから奪うと、嬉しそうな歓声が背後で追いかけてくる。

「優月から電話があったんだ。急がないとかをるちゃんが危ないって――」

 助手席に陣取った駄目元が、珍しく真剣な瞳で話し始めた内容は、おおかた予想はしていた流れともいえる話。

 だが、十分に背中を押すきっかけにはなった。
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