抹茶な風に誘われて。
 駄目元とハナコに見送られ、新幹線に乗り込んでから約二時間半。

 やきもきするしかない時間はやっと終わって、ついに俺は京都駅のホームへ降り立っていた。

 ここからバッグ一つで東京へ旅立ったのがもう十年以上も前なのだと、知らず奇妙な感慨に包まれかけ、首を振った。

 リニューアルされた駅の構内は清潔で美しく、不思議と戻ってきたのだという気持ちは生まれない。

「何の因果なんだか……」

 つい苦笑いするのも無理はないだろう。

 戻らないと決めた故郷へ、自分の意思で赴いて。それが恋人のためだというのだから。

 恋人――もうそう呼ばないかもしれないとさえ、覚悟した。自分が彼女を苦しめるのなら、と。

 おそらくかをるのほうはそこまで考えてはいなかっただろうが、連絡を取ってこないことで、彼女も悩んでいるのだろうこともわかっていた。

 年齢差も、社会的な見解も何もかも予想はついていたズレだ。

 でも、もてあましたのは自分。焦燥を堪えきれずに踏み出したのも自分だった。

 誰にも渡したくないと、頭が真っ白になるようなあの熱情。

 守ると決めた相手を、自分の手で傷つけてしまったのだ。

 大切なガラス細工が音を立てて壊れるような、そんな恐怖に足がすくんだ。

 この、一条静ともあろう者が――。

 思考の終わりは、唇を噛みしめることで訪れる。

 口角だけを上げて浮かべるのは、皮肉めいた自嘲の笑み。

 そして、同じく超えてはいけない『一線』を超えたもう一人の相手に対する静かな怒りだ。

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