抹茶な風に誘われて。
「ただお茶を一杯ご馳走しようと思っただけだ。怪しまなくてもいいよ」

「あっ、怪しむだなんてとんでもないです。そういうつもりじゃなくって、ただ――えっと、私こんな格好ですし……」

 フラワー藤田、と丸い文字で書かれた店のエプロンを見下ろして、ちょっと恥ずかしそうな顔をする。

ただ単純に微笑ましくて笑ったら、ふくれた表情が返ってきた。

「ほら、やっぱり笑ってる――おかしいと思ってるんでしょう? って、きゃっ! 何するんですかっ」

「これで上等だ。別に服なんて気にする必要ないよ」

 エプロンの紐を引っ張って、外してやったら、下から現れたのは白いブラウスと若草色のフレアースカート。

 と、まるでリンゴなみに真っ赤になった顔だった。

「何だ、裸にでもされたみたいな顔して。俺はこれでも良識ある大人だからな、いくらなんでも一回り以上も年下の子にそんな真似はしないさ――少なくとも同意なしにはな」

 ほっとしかけた顔が、最後の一言でまた固まる。

 これ以上ないくらいに大きく見開かれたこげ茶色の瞳に、俺はたまらずに吹き出した。

「冗談だよ。犯罪者になるつもりはない。さあ、入ってくれ――花入(はないれ)はこっちにあるから」

 久しぶりに笑って、頬の筋肉が驚いているような気さえする。

 それほどに声を上げて笑うことなど、最近なかった。

 あきらめたのか、黙って靴を脱いでついてくる少女を廊下へ案内する。

「あ、そうだ。君のこと、かをるって呼んでいいかな。どうも『ちゃん』とかつけるのは俺の性に合わなくてさ」

 思いついて振り返ったら、かをるは一瞬びっくりしたような顔をして、それでも恥ずかしげに頷いた。

「俺のことも静でいいよ。敬語とか、使う必要もないから」

「そっ、そんなの無理です――呼び捨てだなんて、あの、私……」

 戸惑ったようにナデシコの花を持ったまま首を振るかをるに、俺はまた笑った。

「まあいいや、好きに呼んでくれ。さあ、茶席はこっちだ」

 言って裏庭へ続く障子を開けたら、かをるは用意してあった赤い野点傘と毛氈に目を瞠ったようだった。
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