抹茶な風に誘われて。
「それで? 何でここがわかった」

「あ、はい。ハナコさんにお家の前で会いまして、これを届けてくれって頼まれました」

 どうぞ、と差し出したA4サイズの茶封筒を見るなり、静さんは顔をしかめた。

「あの……これ何か重要なものですか?」

「いいや全然。捨ててくれていいよ」

 手を振ってさっさと歩き始める静さんと、手の中の茶封筒を見比べて困っていたら、静さんがあきらめたようにまた奪い取って、中身を目の前に掲げてくれた。

「――ニコニコ生命保険、新婚さん向けプラン? 何ですか? これ」

 保険の申し込み用紙らしき書類をびりびり破ってゴミ箱に投げ捨てた静さんは、いまいましそうに落ちてきた前髪をかきあげる。

「いっつもポストに入れていくんだよ。こういう嫌味ったらしいものばっかり選んでな。まったく、お節介を通り越して楽しんでるな、あれは」

「もしかして……ハナコさんって生命保険会社の方なんですか?」

「さあな。置いていく書類はいつも違うからわからん。結婚仲介会社のパンフレットだったり、海外ウエディングの資料だったり、とにかくそういう類だ。さっさと結婚でもして落ち着け、とかいうのがあいつの持論だからな」

「えっ、でもハナコさんはご結婚なさってないですよね?」

「いや、妻と子供が一人いるらしい。俺が出会った時にはもう別れた後だったけどな」

「そ、そうなんですか――」

「そのショックでオカマになったんじゃないかとか、駄目元はあれこれ言ってたけど、別に興味ないから聞いたこともないし」

「はあ……」

 とにかく色々な人がいるんだな、とか驚くばかりの私の隣で足を止めて、静さんはなぜか挑戦的な目で私を射抜く。

 グレーの瞳は、どこか楽しそうな色さえ帯びているように見えた。

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