「愛してる」、その続きを君に
第1章━流━


時間をかけて選んだハイビスカスの花が描かれた風鈴が、手元でチリン…と一度鳴ったきり、一切の周りの音が聞こえなくなった。


何が自分の身に起きているのかはわかっていた。


しかし彼女はあえてわからないふりをする。


なぜなら、思い描いていた「それ」とは全く違ったものだったから。


「やっぱり金魚柄の風鈴にすればよかったかな」、そんなことを考えていた。


やがて温かい唇の感触が遠ざかると、目の前には厳しい顔つきの辻本雅樹がいた。


「…ごめん、なっちゃん」


今になってようやく軽快な太鼓の音や、甲高い笛の音色が耳まで届く。


「ごめん…」


彼の声が小さくなり、うつむく。


夏海は手元に視線を落として、買ったばかりの風鈴を左手に持ち替えた。


小さな小さな港町の、小さな小さな夏祭り。


亡き祖母が選んでくれた紺の地に鮮やかなアジサイの花が描かれた浴衣に、今年初めて袖を通した。


紅の帯と赤い鼻緒の下駄も、祖母が用意してくれていたものだ。


「謝るくらいなら、どうしてこんなことしたの?」


彼女もまた震え、そして消え入りそうな声。


「なっちゃ…」


雅樹が重苦しそうに口を開いた時だった。


「ほら、買ってきてやったぞ。ったく、そんな慣れないもん履いて来るから歩けなくなるんだよ」とテカテカ光るケチャップをまとわりつかせたフランクフルトを3本、器用に片手に持った幼なじみの信太郎が姿を現した。


「…信ちゃん」


「ほら」


「ありがと」


「浴衣、汚すなよ」


そんな彼から目をそらせながら、夏海は細い串に刺さった頭でっかちの重たいフランクフルトを受け取った。


「雅樹、おまえのも」


「あ、ああ…サンキュ」


それぞれに手渡すと、信太郎はガブリと自分のフランクフルトにかじりついた。


薄暗い神社の境内の裏で、三人は無言でそれを食べる。

< 2 / 351 >

この作品をシェア

pagetop