「愛してる」、その続きを君に
第6章━渚━


一人の若い男が、寂れた町の駅に降り立った。


潮風が出迎えてくれるだけで、他には誰もいない。


男は大きなバッグを肩に担ぐと、帽子を目深にかぶった。


きっと海岸から風で運ばれてきたのだろう、アスファルトの上をうっすらと覆う砂を新しいスニーカーで踏みしめた。


途中、見覚えのある一軒の平屋の前を通った。


無意識のうちに彼はウィンドウブレーカーの襟元を立てて、顔を埋めた。


幸いにも丘の上の目的地まで、町の人間に会わずに来ることができた。


この界隈では洒落たつくりの、2階建て一軒家。


なのにその壁には赤や青の塗料で「人殺し」「出ていけ」という文字がところどころ消えかけているものの、読み取れた。


彼はそっと門扉に手をかけた。


錆び付いた太いチェーンが幾重にも巻き付けられ、訪れた者を拒んでいた。


何度か門扉を揺らすもびくりともしない。


仕方なく彼は辺りを見回した。


庭には雑草が生い茂り、好きだったオリーブの木は枯れてはいないものの、枝が延び放題でだらしない印象を与える。


そして表札があったのだろう、、そこだけ壁面が窪んだ箇所があった。


長い指がそっとそのくぼみに触れた。


ここにはある一家が住んでいた。


両親と姉弟の4人家族。


町一番の美人と評判の姉。


いつもいい加減だけどしっかりした恋人に恵まれた、要領のいい弟。


平凡でも幸せだったのに、それを壊してしまったのは、その「弟」。


男は再び門に手をかけると激しく前後に揺らした。


ガチャガチャと鈍い音をたてる鎖。


「くそっ!」


彼はとうとう蹴りを入れた。


金属同士のぶつかり合う音がするも、結果は先程とは変わらなかった。


鼻の頭に皺を寄せて、もう一度くそっと呟いた時、「やっぱりここに来ると思ってたよ」と声をかけられ、彼はギョッとした。

< 301 / 351 >

この作品をシェア

pagetop