箱庭ラビリンス


手に込める力を強く、一層強くした。彼もまた、強く抱きしめた。


心音が重なり、一つになったようなその感覚。零センチの距離で、直ぐ近くで“彼”を聞く。


「望月さんに聴いて貰うためにピアノを弾いても本当は、少しだけ、今でも兄ちゃんの代わりになろうとしてる。だから、兄ちゃんがもらう筈だった賞を必死に集めるようにピアノを弾くんだ」


彼の事を聞くくらいしかできないけれど、でもきっと、そう言う彼は分かってる。気付いてる。


代わりになろうとなんてしてないと。自分の為だと。


「唯一、七霧の名前で貰った、未来ちゃんと出会ってから貰った小さな楯だけが、俺だった」


ううん。私から見た君は楽しそうに弾く、“桐谷音弥”だった。


代わりになろうとしてるなら、あんなに楽しんでは弾けない。気付いているだろう?






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