太陽と雪
「これを、美崎さんが私がフランスに発つ直前に渡してきたんです。

これ読んで、何だか遺言とも取れる言い回しだな、って思って。

もしかして美崎さん、城竜二家の腐敗を止めるのに命を捨てても構わない覚悟でいるのかな、って推測したら、どなたか頼れる人に相談したくなって。

私の獣医師の先輩も、ここにいるって聞いて。

それでここに」

その台詞でピンと来た。

「もしかして、葦田 雅志、って……
貴女の先輩なの?」

「はい!
大学時代から大変良くしていただきました!

親友夫婦へのプレゼント選びに付き合っていただいたこともあるんですがね。

それを麗眞に目撃されて、彼氏だと勘違いされたエピソードもありますけど」

こんなところで、知り合い同士、思わぬ繋がりが見つかるとは。

世界って狭いなぁ。


「お、椎菜ちゃん。

いらっしゃい。

というか、久しぶりだね。

しばらく見ない間に大人っぽさが増したのは、旦那さんのおかげかな」

寝起きなのか、少し掠れた声に、誰?と思ってしまった。

眠そうに目を擦りながら、葦田雅志も姿を見せた。

「お久しぶりです、雅志先輩。

すみません、先輩の挙式にも、参列したかったんですけど、私自身も研修で忙しくて。

それで、今日来たのは、先輩にも見てもらいたいものがあるからだったんです。

これを」

私に見せたものとは別の紙切れを、彼に見せた椎菜ちゃん。

覗き込むと、これまた美崎の字が書きつけられていた。

余裕がないまま書いたのか、少しノートの罫線から文字がはみ出ているのが印象的だった。

『ウチの義理の母親は、ターゲットの子、葦田奈留さんにトラウマを植え付けたままなのは望んでいないの。

むろん、私もね。

近々、彼女の入院先の病院の側の路地に、子宮蓄膿症の犬を、ダンボールに入れて置くみたいなの。

彼女なら、放っておかないはず。

その処置を手伝ってほしいのよ。

彼女の旦那と、貴女に。

彼女自身のもう一つのトラウマも、一緒に吹っ切れるはず。

頼んだわよ。

私が腕を見込んだ貴女なら、大丈夫よ。
うまくやれるわ。

これでまた一つ、忌々しい城竜二の企みを阻止できる。

よろしくお願いするわ。

城竜二 美崎』

「なるほど、奈留なら放っておかないな。
流産した自分と重なるところもあるだろう」

ビク、と椎菜ちゃんが一瞬肩を震わせて、表情を曇らせたのは、流産という言葉に反応したからだろう。

「私ももちろん、出来ることがあれば手伝います!

というか、手伝わせてください!

そういった病気なら、私の知り合いのいる病院に連れていけば、設備も潤沢ですし。

それに、私達で無理そうなら、知見のある方とビデオ通話も繋げます」

「そうか、そこに研修に行くためにこっちに来たんだったな、椎菜ちゃんは。

案内を、お願い出来るかな」

話が全く読めない。

矢吹は、これから私以外の皆がどう動くのか、全て把握しているような気もしていた。

「彩お嬢様は、どうぞ身体を休めてくださいませ。

貴女様まで体調を崩されては困ります。

彩お嬢様が以前、奈留様が流産をされた際に仰ったではありませんか。

2人にも、幸せになってほしい、と。

それがお嬢様の願いでしたら、どんな手を使ってもその望みを叶えます。

それが、我々執事の仕事ですから。

幸いにも、お嬢様にはトラウマかもしれませんが、ある方の尽力が得られました。

おかげで、美崎様のいる城竜二家の様子はハッキング出来ましたし、協力も得ております。

美崎様のことは、彼女の想い人である相沢に任せましょう。

彩お嬢様は横になっていてくださいませ。

お身体に障ります」

生理中にいろいろな情報を頭に詰め込むのは無理があったらしい。

矢吹の優しい声音に、つい私は瞼を閉じてしまっていた。
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