太陽と雪
とりあえず、スーツの上着だけは着てフェラーリに乗り込む。

まだ3月とはいえども、寒い。

白いワイシャツに赤いカーディガン。

ウエストリボンと裾のスカラップがポイントになっている、ネイビーのキュロットスカート。

タイツに6センチヒールの黒いブーティ。

「コート、着てくるべきだった……」


「……彩お嬢様。
そのような格好では、風邪を引きますよ?」


そう言って、矢吹がネイビーのトレンチコートを着せてくれた。


「……ありがとう、矢吹」


矢吹に聞こえるか聞こえないくらいの声でお礼を述べる。

彼から顔を逸らして、赤い顔を隠すように、移り行く窓の景色に目をやった。


だって……恥ずかしいじゃない。
子供みたいにお世話されるの。

私ももう30歳だ。
とっくにアラサーと呼ばれる域に足を踏み入れている。

少しは大人にならなければ。


矢吹、真面目すぎるのよ!
コートくらい、自分で着られるわよ。

ついぶっきらぼうなお礼の言い方になっちゃったけど。

ほーんの少しだけ、嬉しかったのは事実だ。


「矢吹、コート部屋に置いてきたから、取ってきてくれるかしら」


そんな命令を私からしなくても、持ってきてくれたから。

ただ単に矢吹が優秀なだけかもしれない。
私の気のせいかもしれないけれど、心伝心のような気がして。

「いっ……いいえ。
執事としては当然でございます。

万が一にも彩お嬢様が風邪を引くようなことは極力避けたほうがいいという判断を致しましたので……」


なによ。
自分が私の看病に時間を使うのが嫌ってだけじゃないの?


「その言い方は何よ!

主の私が風邪を引いても看病したくないっていうの?

少なくとも私にはそう言っているようにしか聞こえないわ」


「た……大変失礼いたしました。

私は、彩お嬢様の執事でございますから、万が一にも彩お嬢さまが風邪をお召しになった際は、責任を持って看病を致します」


「まあ、いいわ。
彩ちゃんは身体丈夫だから、めったに風邪引かないしね」

風邪を引いた記憶なんて、中学生のときにインフルエンザになった記憶しかない。

体力には、少し自信があるのだ。

私がそう言ったとき、矢吹がホテルへの到着を告げた。

彼は私が座っている後部座席左側のドアを開けて、エスコートしてくれた。

車を降りて、矢吹に一言声をかける。


「あ……ありがと。
じゃあ……行ってくるわね」


「行ってらっしゃいませ。
くれぐれもお気を付けくださいませ、お嬢様」

あえて私の名前を呼ばなかったところも、いい判断だ。

壁に耳あり、というし。

少し見直したな。

矢吹のお辞儀を目の端で捉えながら、会議が行われる病院へ向かった。
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