星の夢
 教室は静かだった。机はまるで誰かが座っていたかのように椅子が少し引かれている。夕日は一時間ほど前に沈み、ポツリと各教室が星のように光る。夜空は手ぶらで静かに薄い幕を張った。カバーがかかったように淡く光る模造品をカシャリと朝倉は携帯に収める。シャッター音だけが深く響く。開け放った窓から流れ込む空気はカラカラに乾き、それでいて冷たい……いったい何でできているのだろうか。自転車がカタカタと音を立てながら目の端を通った。

「朝倉、こんな時間に何してんだ」

 突然、後ろから声をかけられた。

「学校探検……」

 何となく、なんとなくだった。気がつけば朝倉は教室にいた。男は「ふーん」とそっけなくうなずく。朝倉は、二度空を見上げる。後方の男は、物音もさせず静かそのものでたたずんでいた。

「いつまでそこに居るの」

 不思議に思い尋ねてみた。

「いつまでそこに居るんだ」

 朝倉の質問は、何故か質問で返され、心地よかったはずの空気が一気に重くなる。朝倉は、何かを言うのをやめ、月を仰ぐ。一度も後ろを振り返ろうとはしなかった。やがて、扉の開く音と共に男の気配が消え、まるでポッカリと一人分の隙間ができてしまったような気がする。三度見上げた空には、模造品の月が薄い布の外側から朝倉を冷たく見下ろしていた。
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