憂鬱なる王子に愛を捧ぐ


結局尚のマンションへと戻った頃には夜の11時を過ぎていた。
尚は、挽いてあった豆でコーヒーを淹れて、無言のままあたしへと差し出した。ふわりと香る良いにおいにようやくホッと息をつく。

「美香子さん、びっくりしただろうね」

視線を落としていた尚が、ゆっくりとあたしを瞳にうつす。帰り道から口を開こうとしなかった尚だけれど、あたしを家に帰すこともしない。

「……結衣ちゃんって、きっと尚が思うよりずっと大人だね」

「別に、俺は……」

「尚がこんなに悩むの、結衣ちゃんの他に誰が居るのよ」

そんなあたしの言葉に、尚は不機嫌そうに眉を寄せた。図星だ、思わず小さく笑いをこぼせば「真知のくせに生意気」と、何とも酷いことをおっしゃった。

「尚はさ、結衣ちゃんには優しいよね」

「そんなことないよ、ほんとうに」

てっきり照れて怒るのかと思えば、尚の言葉に抑揚はない。心底嫌悪を滲ませて、ぎゅうとカップを握りしめる。

「だって、俺は……、厄介だとしか思ってなかった。葉山章吾の信頼をようやく得た。取り入って、聞き分けの良い優秀な駒に成り下がった。計画通りに進んでいたのに。結衣に好きだと言われて、俺は本当に、それしか思わなかったんだ。どこが優しい?」

自嘲気味に言って、尚は綺麗に笑った。
< 500 / 533 >

この作品をシェア

pagetop