crocus

こんな弱気なオーナーさんを見るのは初めてで……。
なんだかそれ以上は聞けなかった。

オーナーさんと店員さん達の間にあるもの。出会ったばかりの若葉に全てがわかる訳ない。

どんな出会いで、どんなきっかけで、どんな思いで一緒にカフェを守り立てているのかなんて、想像することすら難しい。

けれど出会ったばかりの若葉だからこそ見えること、分かることだってあるのだ。

「……オーナーさん」

「んー?」

視線はお皿、手を止めることもなく返事をしたオーナーさん。

差し出がましくても、オーナーさんに若葉が見えているものを教えてあげたかった。

「みなさん、ここが大好きだと思います。オーナーさんの存在を心強く思ってるに違いません。だから……立ち退きの話が出ていても、あんなに力強く、気持ちよさそうに演奏出来るんです!……きっと、たぶん……です、けど」

言葉に熱が入り、知ったような口をきいてしまうと、次第に若葉の目が右往左往と泳いだ。

そうすればオーナーさんは蛇口に閉めて、若葉に向き直った。何も言わないけれど、少しだけ少しだけ目が赤くなっていた。

「え、あ、ちょ!?」

あまりにも顔が近づきすぎ……と思っている間に、もうくっつきそう……。で、あったけれど、綺麗すぎる顔は若葉の横を掠めていく。

「ありがと……」

「ひゃっ!!」

吐息混じりに甘く若葉の耳元で囁いたオーナーさん。それはそれは底意地悪い顔をしていたけれど、さっきまでの影はなくなっていた。

悔しいけれど、安心したけれど、……でもやっぱり意地悪だ。


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