crocus
「恭平。今週何枚目だ?調子が悪いのなら、ゆっくり体を休めろ」
若葉の横からスッと音もなく現れた桐谷さんは、膝立ちをしてチリトリを握った。
「休まねぇよ……。コーヒー淹れられんの俺だけだぜ?」
「だからこそだ。今のままで言いというなら、お客様への冒涜だぞ」
きつい言い方だけれど桐谷さんなりの気遣いなのだ。
常連客の多いクロッカス。そんな常連さん一人一人に対して、濃さや砂糖の量、ミルクの有無などを完璧に把握していた。
でもここのところの恭平さんの入れたコーヒーに対して疑問の声を聞くことが度々あった。
それでも日頃の恭平さんが愛されてるおかげか、気のよい商店街のみんなは口を揃えて「でも、たまにはこんなのもいいなぁ」と言ってくれてはいたけれど。
「お前のコーヒーを楽しみにしてくれてるお客様に対して、これ以上期待を裏切るのなら、バリスタなんて掲げる資格はない。……俺が許す。今日はゆっくり休め」
「あーあーあーあー!はいはい!……そうかよ、分かりましたっ!だったら休ませてもらうわ。……こんな気分じゃ、うまく作れる気がしねぇしよ」
恭平さんはホウキをバンっと床に叩きつけて怒りを露にした。そのまま若葉の隣を颯爽と横切り、店内から姿を消した。
「恭平さん!」
追いかけようと一歩踏み出せば、恭平さんの怒声が裏口から聞こえた。
「来んじゃねぇ!ほっとけ!」
言われるがまま静止してしまえば、しばらくして2階の方から激しく扉がしまる音がした。
店内は息苦しさを感じるほど、ピンと張り詰めた空気。一切の音を出すことさえ躊躇いが生まれる。
「雪村さん、琢磨……すまない。俺のせいで今日は謝罪の言葉を多く言わねばならなくなった」
桐谷さんは背筋を綺麗に伸ばして頭を下げて謝った。若葉は慌てて、手と首を同時に振った。
「そんな!謝らないでください!桐谷さんはお客さんを大事に思って言ったことなんですからっ!」
「……要が言わなくっても、俺が言ってたよ」