crocus

一通り拝見させてもらったが、まだ誰も起きて来る様子はない。

暇を持て余した若葉は泊めてもらったお礼をしようと思い立った。──決して大したことは出来ないのだけれど。

暖簾をくぐり店内を出ると、右側は2階へ上がる階段、左側には洗濯機や乾燥機が置いてある一室。

正面はさらに奥の扉につながる廊下、その中腹に昨夜借りたトイレがある。昨日の上矢さんの話によればお風呂はないらしく、近くの銭湯に通っているらしい。

奥の部屋へ繋がる廊下の床を軋ませないように歩き、ドアノブを回すと、広々としたリビングがあった。

今更だが、赤の他人が歩き回るのはいかがなものだろうと、若葉は焦ってみたが、迷惑をかけたまま去ることを天秤にかければ『恩返し探し』の方へ傾いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふぅ~、出来た」

リビングキッチンを借りて、恩返しという名目の朝食を作ってみた。

リビングの真ん中にある大きなテーブルに、ズラーっと並べた得意の和食料理が乗る皿に向かって満足げに1人呟いた。

すると突如、ドアがキィーっと鳴きながら開かれ、若葉はびくっとしながら現れるであろう店員さんの姿を待った。

「……あれ?お前、何してんの?」

「お、おはようございます!」

若葉の姿を見た途端に驚いた様子でズンズンと歩いてくるのは『たくま』……そう呼ばれていた黒髪ツンツンの男の人だ。

……が、昨夜はワックスか何かで髪を立たせていたのだろうか、今はぺたんこになっていて雰囲気が違って見えた。

「……って、何じゃこりゃあぁぁ!!!これ、まさかお前が作ったのか?」

5人分のお茶碗と玉子焼き、焼き魚や漬物などが並べられているテーブルを見て『たくま』さんはハイテンションで驚愕した。

「は、はい。……あ、あの勝手にお台所と食材を使ってすみません!でも……どうしても昨日泊めていただいたお礼をさせていただきたくて……。こんなことで表しきれる感謝ではないのですけど……あの、どうかされましたか?」

勝手に他人のテリトリーに踏み入った無礼と感謝の気持ちを懸命に伝えていれば、ずっと俯いている『たくま』さんに気づいた。

「……だな」

「え?」

上手く聞き取れなかった若葉が聞き返すと、がばっと顔を上げた『たくま』さんは眩しいほど満面の笑みを浮かべていた。


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