crocus
翔と祥が2人で顔を見合わせた後、同時に頷いた。そうして、若葉ちゃんに人差し指を向けた祥はウインクをした。
「あぁ…。再会したときに、ビニールハウスで若葉ちゃんが言ってたろ?いちごの花言葉。親父が、家族全員で作りたいと願ったのは、ケーキじゃなくて…『幸福な家庭』だったと思う。このことも含めてお願いがあるんだ…」
「なに?ボクに出来ることならなんでも言って?」
翔と祥は、それぞれが明後日の方向を向いて気まずい表情を浮かべた。
「…誠吾にしか出来ねぇよ」
「あぁ、…ムシが良すぎるのも重々承知してる」
誠吾はハッと悟って、テーブルの向こうで立ったままの翔と祥2人の手を同時に触れた。
「心に描いてみて?お父さんに何を伝えたい?」
目を瞑りながら、優しく尋ねると翔と祥がそれぞれの想いを口にした。
「…俺は、みんなでいちごを育てたいって書いてた願いの理由は、花言葉を意味していたのか知りたい。父さんの願いを叶えたいから」
「俺は…。俺は謝りたい。父さんはいつだって愛してくれてたのに、寂しいからってひどい態度ばっかりで…。もう二度と他の誰かを傷つけないように…変わりたい」
憶測を肯定するために。
後悔を決意に変えるために。
誠吾がゆっくりと顔を上げると、そこにはパティシエの姿をした翔と祥のお父さんがいた。
こちらの声は届かない。
会話は出来ない。
けれど、お父さんの両手には、小さくて可愛い白い花が4本握られていた。紛れもなく、いちごの花。幸せな家族の象徴。
そして、お父さんは心底安心したように穏やかに笑っている。
それが、一番の答えだと思った。どこまでも広がる憶測や、底知れない後悔も、全てを包み込む笑顔。
すれ違ったまま今生の別れになってしまったけれど、亡くなった後も2人を見守り続けていたんだ。すべてを認めて、すべてを許しているに違いない。
「ねぇ…翔と祥のお父さんって笑うとえくぼが出来るんだね」
誠吾がそう言うと、翔と祥は空いてる方の手で目を押さえた。震える唇からは幾度となく呼気が漏れている。