crocus

「手荒に扱ってごめんね。大丈夫?」

大体そこにいるであろう場所に向かって話すと、真横から小さな返答が返ってきて驚いた。その声を拾う左耳が少し熱を持つ。

「私は大丈夫です。…ごめんなさい。私が勝手な行動してしまったせいで…」

あぁ、そうか、初恋の人ねと、夢中で追いかける雪村さんを思い出して、ずーんと胃が重くなった。さっきから不可解な心理状態で心より体に負担がかかっている気がする。

「…それは別にいいけど。それよりさ、今ここを出ても、また警備員に見つかる可能性もあるから、要にメールでここの場所を知らせて迎えに来てもらおうか」

「分かりました」

ケータイの照明の眩しさに悪戦苦闘しながら、要件だけを簡単に打ち送信した。ケータイを閉じればまた暗闇に戻るも、照明の余韻で白いモヤがちらつく。

この暗闇で恭平のことを思い出す。ここに恭平がいたらきっと大変だっただろう。でも最近、恭平が天体望遠鏡を通販で買ったのを知っている。そして部屋を暗くしてコーヒーを飲みながら、覗いている姿も。

そういえば、恭平がイベントとして「暗闇喫茶」をしようと発案していた時は、みんな信じられないと口が開きっぱなしだった。

そう…雪村さん以外は。

もっと言えば、今日の天気は不安定だっていうのに、空の様子に一番敏感な琢磨が気にもせずに、田辺達を追うために外に飛び出して行った。

誠吾だって変化が見られる。ショートケーキが作れるようになった上に、ケガが多かった誠吾には専用の救急箱があるのだが、先日見たときには箱の上にホコリが被っていた。自分を大事にするようになった証拠なのだろう。

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